中間医師、幹細胞治療の行方を憂う
行き過ぎた規制強化(ガイドライン)は、臨床成果の勢いを止める
21世紀の社会的基盤を構成する新たな医療の仕組み。この分野を担う全ての医療従事者と関連産業にとって、責任の重さはさらに増している。とりわけアンチエイジング医療や補完代替・統合医療などの予防型医療に重点をおく新たな医療の枠組みは無視できない。だからこそ、そうした診療体系と新たな医療技術が求められてくる。一方、こうした医療に対して健康・美容・診断技術などがさらに密接な関りをもつこともまた明らかである。本稿では医療・健康・美容分野のオピニオン達に論説をいただいている。61回目の提言は、「これからの幹細胞治療の行方」に危機感を抱く中間 健医師にインタビューを通して、その真意をお聞きした。
インタビュー記事を掲載するにあたり、いま幹細胞治療を取り巻く状況を整理してみたい。再生医療新法における「細胞加工物」としての幹細胞治療の規制である。 再生医療新法に関わる2法「安全性確保法案」と「改正薬事法」は、周知のとおり昨年11月20日の参議院本会議で可決成立し、同27日に公布された。これによりiPS細胞や体性幹細胞などの細胞加工物を用いた再生医療を実施する医療機関に対しては、ガイドラインに準じた治療をしているかどうかを第三者機関が審査し、厚労相に再生医療提供計画書の提出を義務付ける。
一方、その再生医療や細胞治療をリスクに応じて第1種、第2種、第3種と分類し、レベルに相応した審査と実施手続きを設けることもほぼ固まった。しかし運用段階ではまだ紆余曲折の様相を呈していることは否めない。 認定再生医療委員会など第三者機関の委員の選定や、想定しているリスクに応じた分類の変更などである。とりわけ危惧されているのが、分類いかんによっては治療の危険性が過大評価されかねず、実施する医療機関への負担が過度に増えることだ。 現在検討されているリスク分類の枠組みでは、中程度に自己脂肪幹細胞を用いた豊胸術、再建術(脂肪幹細胞による腎疾患治療は高リスクに分類)が位置づけられているが、これとてもまだ流動的だ。
さらに、「リスク要因」の判断基準には、細胞の調整過程、新規性、純度、均一性、恒常性、安全性の項目があり、また、治療法でも投与部位、投与経路など分類をするうえでの多くの指標が横たわっており、現在想定される枠組みが大きく崩れる可能性も否定できない。 新法では、安全性に関わる規制が強化されることは間違いないが、幹細胞を培養しない美容アンチエイジング治療は緩やかな基準となる公算が大きい。そしてクリニックには届出制のみしか求められない可能性が高い。
本紙 単刀直入にお伺いします。先生が先駆けとなってやられてきた幹細胞治療では、〝報道被害〝ともいえる洗礼を浴びせられましたね。
中間 御紙もジャーナリズムの看板を背負っておられるからにはご存じのように、報道は時として、計り知れない誤解と報道被害を与えます。深刻なのは当事者に対する名誉、人権侵害に留まらず国民にまでその虚偽が流布される。 医師としての責任のもと可能性ある治療法を追求することは自然の流れではないでしょうか。それが臨床医として、長年取り組んできている幹細胞治療で、病いに苦しんでいる患者さんへの一助となればと治験と並行しながら日常の診療を続けています。多額の治療費をとっているかのようなデマゴーグを大手新聞社が率先して流していることは残念でなりません。 全く事実無根であることをここでお伝えします。
本紙 再生医療新法が成立して今後、運用基準なども含めたガイドラインが策定される運びですが。
中間 周知のとおり、法案成立後のガイドラインとその運用こそがポイントでしょう。 再生医療推進法案の骨子には『国民が迅速かつ安全に再生医療が受けられるための総合的な推進に関する法案』とある。そのために一部の規制を緩和し事業への参入を促進する、としていながら、幹細胞のビジネスモデル形成のハードルは今のままでは限りなく高い。 このままでは、製薬大手など一部を除き、幹細胞治療参入の道は閉ざされてしまう。つまりクリニック併設の幹細胞培養施設は、夢のまた夢で終わる公算が大きい。
本紙 いま治療を受けている患者さんに多大な治療コストがかかるのでは?
中間 何よりも現在稼働するすべてのクリニックが基準を満たすことができなくなる。ステムセル療法のクリニックは閉鎖に追い込まれ、その結果患者さんも当面治療は受けられない。 分業制という建前論を振りかざして、医師の裁量権を狭め、幹細胞治療の主導権を一部の大手資本にもっていかれかねない。成長戦略の柱のひとつが山中教授のiPSや幹細胞などの再生医療分野であることはわかりますが、ビジネス先行の再生医療の行き着く先には必ず「落とし穴」が待っているはずですよ。
本紙 経済産業省の試算(3面参照)によれば、再生医療の将来の市場規模は2050年に2.5兆円、世界スケールでは実に38兆円とその経済効果ははかりしれません。
中間 だからこそ真摯にそして多くの臨床家が症例を出しあいながら、患者さん本位に治験を進めていかなければなりません。規制による安全性の重視は大切ですが、あまり箍をハメするぎると臨床成果の進展は遅れるばかりです。
本紙 昨年、先生をミッションリーダーに本紙とJAAASが主催して、日本のドクター達と一緒にロシア幹細胞の事情を視察しました。その際、ロシアもまた研究者や行政が主導して、主に骨髄系他家幹細胞の治療に対して規制をかけようという動きがあることを、視察先の研究機関で聞きました。
中間 どこの世界でもいつの時代でも、研究者と臨床家とのせめぎ合いはあります。 しかし、ロシア、場合によっては韓国や中国でも今後の再生医療の市場拡大を見据え、場合によっては日本を追い越して幹細胞治療の環境を整えていくかもしれません。先ほど、お話ししたように研究者から叫ばれることが多い「エビンデンス重視」と行政主導の「安全性重視」は決して間違ったものではないことはいうまでもありません。 しかし、今年中に策定されるガイドラインのゆくえを見る限り、再生医療とりわけ幹細胞療法の臨床的な前進にブレーキがかかる可能性さえあります。
本紙 その状況をどうすれば?いいのでしょう
中間 臨床家のみなさんこのままでいいんですか?このままでは再生医療の臨床への実用化は夢のまた夢に終わる、と言いたいですね。 JAASの幹細胞のライブ講習会で常に参加医師に声をかけているのは、「それぞれの専門性を生かして、みんなでぜひ幹細胞の臨床をしていきましょう」ということです。 臨床家がもっともっとこの治療に参入して頂いて、臨床現場のエビデンスを研究機関や行政に届けていってもらいたい。
本紙 本紙も微力ながら応援させていただきます。ところでガイドランの進展はその後どんな具合ですか?
中間 ご承知のとおり、STP細胞の「小保方ショック」で厚労省も、それどころではないでしょう。科学界としてあれを「ねつ造」と捉えていますが、その真意はさておき、この問題で再生医療全体に及ぼす影響は大きい。猜疑心が社会全体に充満してしまえば、研究そして医療にまで広がってしまいます。
本紙 先生は今まで国内いやアジアの中でもまれにみる幹細胞治療の症例を積んできました。この5~6年間で1万例に迫る治験と聞いています。その間、臨床と共にマウスを使った基礎実験を行っていますよね
中間 大手病院の委託試験として2年間やりました。幹細胞がいかに卵巣の若返りに関与しているか?というスタディで、研究の末、幹細胞が作り出す2つのタンパク物質が関与していることを突き止めました。しかし残念ながらその膨大な研究成果と論文は日の目を見ることはありませんでした。その結果、次に予定されていた臨床試験は断念せざるを得ませんでした。
本紙 なぜそうした努力が報われなかったのですか?
中間 過度な「エビデンス至上主義」ともいえる〝見えない亡霊〝から却下されました。
本紙 まさに幹細胞の研究と臨床の進展に大きなブレーキがかけられたわけでね。
中間 卵巣に対する幹細胞治療は、そうした事情で進んでいません。しかし、その他の治験は継続しており、日々、苦しむ患者さんを何とか治したいという思いで、最善の治療を行っています。 またJAASアカデミーでは昨年から断続的に「培養しないStemCell Therapy」ライブ講習をさせて頂いています。ここでお教えしているのは美容アンチエイジングへの応用で、プライベートクリニックでもきちんとした知識と手技さえマスターすれば充分に導入でき、すぐに治療メニューの中に組み込むことができます。 発毛セラピーそして肌の若返りで、脂肪細胞の吸引後、専用の装置で分離抽出したSVF(間質系幹細胞)と成長因子、Scaffoldをブレンドしたものを注入する手技をお見せしましたが、近々、豊胸術への応用をお見せするつもりです。
本紙 1万症例に及ぶ幹細胞の治験で、先生が適用症例としてお考えになっている疾病は何ですか?
中間 肝疾患系そして変形性関節炎でしょうか。神経性の病変に対してはあまり有効な効果はみられません。
本紙 マスメディアはiPSや物議をかもしたSTAP細胞に対して、「夢の万能細胞」と煽ってきました。幹細胞もまたしかりですね。
中間 報道の姿勢こそ問題ありです。残念でなりません。幹細胞も適用を見極めて使っていなかないと、期待できる治療効果も生まれません。 そして私の臨床の経験上、幹細胞治療の「肝」は、発症後いかに早く投与するかということです。いずれにしても今後も一臨床医の立場として、幹細胞の治療に力を注いでいきたい。あくまで患者さん本位で。
本紙 ありがとうございました。
(JHM119号より)